水と紙 3
1980年、提案が可決され、ほとんどの州で財産税が思いきって引下げられ、州の業務にもにわかに緊縮ムードが浸透しました。
新市長チャールズ.L.スミスにしても、現行政当局の浪費を攻撃するキャンペーンを張って、ピッツフィールド市長選に思わぬ勝利を得たのです。
しかし、飲料水用の浮遊式浄水機には既存の市場はなく、クロフタがいなければそうした市場が出現したとは思えないでしょう。
ほとんどの革新的なプロジェクトと同様に、それを実現しようとする積極的な行為が生み出した企業家の好機でした。
1982年1月22日、市長および市議会がメトカルフ&エディの役員とクロフタの双方に提案説明をさせる公開集会を開いた時がクライマックスでした。
表向きはピッツフィールド水質協議会の会議の一つですが、この公聴会には論争当事者の役員ほとんど全員が集まりました。
スミス市長は2時間半出席していました。
メトカルフ&エディは同社のピッツフィールド代理人を伴い、りっぱな視聴覚器材をたずさえて現れました。
同社の上級幹部がもう一人成行きを見に来ていました。
また、2日前に市長からの要請を受けて比較的小規模な企業である〈環境と人間に関するハートフォード・センター〉からもコンサルタントが一人、メトカルフ&エディの仕事の査定に来ていました。
しかし、メトカルフ&エディの代表は大衆の感情的指向も政治の動向も理解していなかったのです。